読谷文の本棚

読んで心に残った本の感想を綴ります。

『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈|成瀬あかりが帰ってきた!

『成瀬は信じた道をいく』
宮島未奈 著
新潮社
初版年月日 2024年1月24日


成瀬にまた会えてうれしい。
前作『成瀬は天下を取りにいく』に続き、第二作目の今作も主人公成瀬あかりの周囲の人々の視点で、成瀬の高三〜大学入学後の成瀬あかり史が語られている。
成瀬は常に世の中や人の役に立ちたいと思っていて、近所のときめき地区のパトロールをしたり、バイト先のスーパー「フレンドマート」で起こる事件でも大活躍し、活躍の場をときめき地区から大津全域に広めたいと、びわ湖大津観光大使に立候補し、大使になってからも成瀬の活躍は続く。
初対面の人間からは「変わっている」と悪印象を持たれがちな成瀬であるが、最終的には皆必ず成瀬の魅力にとりつかれて、成瀬のファンになってしまうのだ。


登場人物の魅力  

そんな非凡ぶりを発揮する成瀬とは対照的に、語り手として登場する人物たちは、いかにも私たちの周りにいそうで親近感を持てるし、成瀬とはまた違った魅力にあふれている。
幼馴染同士の成瀬と島崎の漫才コンビ「ゼゼカラ」に憧れて成瀬に弟子入りした小学生北川みらいや、成瀬とともにびわ湖大津観光大使に選ばれた篠原かれん、成瀬のバイト先のスーパーの常連客で、なにかと店に難癖をつけ「お客様の声」への投書を欠かさない呉間言実(くれまことみ)など、実に個性豊かだ。

本人達はいたって真剣であるがゆえの可笑しさもありつつ、それぞれの人物の心情であったり、悩みや葛藤がとても細やかに描写されているのが、本作の魅力であり読みどころのひとつだ。
小学生の北川みらいが陰で友達に成瀬を馬鹿にされて傷つくところや、母と祖母に続いて観光大使になるべく育てられ、大使になった後もその先の道をそれとなく敷かれそうになることに反発する篠原かれんの心情描写などが、相変わらず素晴らしかった。

成瀬の親友島崎みゆきが、「成瀬はいつか自分のそばからふといなくなってしまうのでは」との不安から、自分はその瞬間を見たくなくて、あえて両親の転勤に伴って大津を離れて東京の大学への進学を決めたのではないか、と思い当たるところは胸に迫る。
同時に成瀬本人もまた、北川みらいを励ますために「島崎が東京の大学に進学することが不安なんだ」とこっそり打ち明ける場面があって、ああ成瀬も私たちと同じ人間なんだと思わされ、なおかつ成瀬と島崎の友情の深さにも感銘を受つつ、読者はますます成瀬のファンになってしまうのだった。


『探さないでください』

圧巻は、最終章『探さないでください』だ。前作同様、これまで出てきた登場人物が集合する、という点のみならず、大晦日に「探さないでください」と書き置きを残して行方をくらました成瀬を皆で探すという、大変痛快な謎解きロード・ノベルとなっている。
第一作のタイトル『成瀬は天下を取りにいく』ってそういう意味だったの!?とか、確かに成瀬はけん玉をやっていたけど、それがそこに繋がるのか!という仕掛けがたくさん散りばめられていて、読み手のこちらは興奮冷めやらない。


滋賀のリアル

読書中にふと、びわ湖大津観光大使って本当にいるのかな?と思ってネット検索してみると、果たして本当に小説そのまんまのインスタグラムのアカウントが出てきて、まるで成瀬とかれんを実物化したのではないかと思うような大使2人がにっこり笑って写真に納まっており、驚いた。東京にあるアンテナショップ「ここ滋賀」というお店も実在しているらしく、小説と現実のリンク具合にちょっとびっくりしてしまう。
もしや「観光大使-1グランプリ」もあったりして?と追い検索してみたが、こちらは架空の設定のようだった。そもそも2025年の話でもあるし。
そんな検索をうっかり読者にさせてしまうほどのリアル具合が、この成瀬シリーズにはあり、これも魅力のひとつだと思う。


デビュー二作目

普通、デビュー作でヒットを飛ばした作家の第二作目となると、読む方もそれなりに期待と心配の入り混じる複雑な感情を抱くし、書く方も相当プレッシャーなのではないかと勝手に想像してしまうのだが、この成瀬の作者の宮島未奈さんにおいては、まったくの無用な心配だったようだ。
下記のインタビュー記事(東京新聞 2024年2月11日付)によると、成瀬シリーズは第三作もありそうで、今から楽しみだ。これからもぜひ素敵な作品を大事に出していってほしいと、読者は願うばかりである。