『一旦、退社。~50歳からの独立日記』
堀井美香 著
大和書房
初版年月日 2023年2月16日
朝はラジオが流れている家庭で育った。チャンネルはTBSラジオ。
現在も放送されている朝の帯番組「森本毅郎・スタンバイ!」の前身である「鈴木くんのこんがりトースト」時代から聴いている。
夕方には、保育園のお迎えに来た母親の車の中で、夕飯前の小腹塞ぎに与えられたパンをかじりながら、カーラジオから流れてくる「小沢昭一の小沢昭一的こころ」を聴くともなく聴いていた。
話の内容は全く覚えておらず意味もわかっていなかったと思うが、あのオープニングの三味線っぽい音色の音楽は、私の記憶の中で、えも言われぬ夕暮れの郷愁と強く結びついている。
そんなわけで、幼少期からTBSラジオにはずっと馴染みがあって、もしも自分が結婚披露宴をするとして、金に糸目をつけずに司会者をお願いできるとしたら、ぜひとも元TBSアナウンサーの遠藤泰子さんにお願いしたい、という妄想を抱いていたくらいだ(実際には式場と契約されている素敵な司会者の方にお願いした)。
そして、ジェーン・スーさん。
私が初めて彼女を知ったのは、例の「石神井川の奇跡」の写真とともに掲載されていたブログの「東京生まれ東京育ちが地方出身者から授かる恩恵と浴びる毒」という記事を読んだ時だった。キレッキレの縦横無尽な文章に、「すごい文章を書く人が現れた、酒井順子さんの再来だ、要チェックやわ!」と一人鼻息荒く感動していた。
それからあれよあれよという間に「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな 」「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題 」と飛ぶ鳥落とす勢いで著書が刊行され、「ほ〜うらね、やっぱり彼女はすごいなぁ〜」と旧知の友人を自慢するみたいに思っていた。
さらに月日は流れ、気づいたらTBSラジオで、かつての「大沢悠里のゆうゆうワイド」の時間帯に「ジェーン・スー生活は踊る」という昼間の帯番組の放送が始まっていた。1本のブログ記事を見かけた時から気になっていたその方が、著書を刊行し、ラジオのレギュラー放送のパーソナリティーとなるまでを、勝手に伴走していた気持ちになりながら、眩しく見つめていた。
そんな「生活は踊る」で出会ったのがTBSアナウンサー堀井美香さんだった。当初月曜から金曜まで、毎日違うアナウンサーの方がジェーン・スーさんのパートナーを務められていたのだが、金曜担当の堀井美香さんとの回だけは、やっぱり他の曜日と比べて異色だった。
「メタウォーターpresents水音スケッチ」で情感たっぷりのしっとりとしたナレーションを聴かせてくれる堀井美香さんが、ジェーン・スーさんとの放送ではめちゃくちゃ気心知れた女友達同士のお喋りといった風情で話されているのを聴いて、ああ、このお二人はとっても仲がいいんだなぁと、ラジオ越しにそれはそれはよおーく伝わってきたものだった。
ところが、ある時期の改編で「生活は踊る」の金曜の放送がなくなることになった。聴取者としては、盟友堀井美香さんの気持ちはいかばかりかと、それって普通に絶対にとんでもなくショックだと思うけど、大丈夫なのだろうか、と、勝手に心配になっていた。
けれど、そんな心配はあっさりと覆された。時を同じくして、お二人のポッドキャスト番組「OVER THE SUN」が始まり、ジェーン・スーさんの「ミカちゃん、私たちはポッドキャストだよ」の言葉通り、番組はまたたく間に大人気となった。ラジオという枠を超えたお二人の喋りには、ますますドライブがかかり、実に生き生きとした女友達とのくだらないマシンガン爆笑トークに、一緒に参加しているような気分になれた。
そこで『一旦、退社。~50歳からの独立日記 』である。ナレーションが大好きだとおっしゃる堀井美香さんが、2022年にTBSを退社されフリーランスになってからの1年を記録したのが本書だ。
フリーランスでの活動内容や、ご家族やご自身のお話、朗読に対する思いとともに、「生活は踊る」の金曜放送がなくなった時の心境や「OVER THE SUN」が始まった背景などが書いてあった。泣けた。
ジェーン・スーさんとの出会いからこれまでのことも書かれていた。これは、この本は、間違いなく堀井美香さんからジェーン・スーさんへの、まごうことなきラブレターであった。
音声配信はますます隆盛を極め、プラットフォームも百花繚乱、いまや大沢悠里さん&毒蝮三太夫さんもポッドキャストを配信する時代(現在は終了)。これからも「スーミカ」お二人の活躍が楽しみでならない。