読谷文の本棚

読んで心に残った本の感想を綴ります。

『夜明けを待つ』佐々涼子|生と死を見つめ続けた作家の珠玉のエッセイ集

 

『夜明けを待つ』
佐々涼子 著
集英社インターナショナル
初版年月日 2023年11月24日


「珠玉」とは、まさにこのエッセイ集のためにある言葉だ、と思った。

本書はノンフィクションライター佐々涼子さんのエッセイとルポルタージュをまとめた作品集だ。なかでもエッセイは、新聞に掲載されたものが多く、短い文字数の中に必ずハッとする箇所があり、一編の中に驚くほど深い世界が広がっている。

佐々さんは、学生時代にはスキー部に所属し、若くして母親になり、多くの試行錯誤の末に40代でノンフィクションライターとなった。『未来は未定』に書かれた「若い頃わけあって赤貧だった。」から始まる文章には、ノンフィクションライターになるまでの多くの過程が書かれている。

ツイッターのアイコン写真では穏やかな笑みを湛えている佐々さんであるが、本書に記された半生と、困難に立ち向かうさまは、破天荒で豪放磊落と言ってもよく、こちらの勝手なイメージを心地よく裏切られた気分であった。世界中の僧院に修行をしに訪れたり、ジムでバーベルを挙げたりと、逞しい。
しかし、そのような胆力がなければ、ノンフィクションライターという厳しい仕事を続けられるはずもなく、むしろ当然だとも言える。
かといえば『ダイエット』の中に書かれた「巨大な黒い丸」なんていうユーモア溢れる表現に、お茶目な部分も垣間見えたようで嬉しかった。

佐々さんがこれまで出してきた作品のように、本書のほとんど全てのエッセイには「生と死」が色濃く反映されている。どのエッセイも、繰り返し読みたくなる素晴らしい作品だ。

矍鑠(かくしゃく)とした祖父が描かれた『「死」が教えてくれること』。
妻の死の先の父を描いた『幸福への意志』。
今なお存在するであろう問題に、私たちの怒りを代弁してくれた『背中の形』。
頭の中で世界の美しさが煌めく『今宵は空の旅を』は大好きな一編だ。
『献身』に描かれた、ご両親のお人柄と、文学の本質→「児童文学なんてと下に見る人がいるかもしれないが、そこには人間の人生の核が描かれていて、大人の小説はそれらの無数のバリエーションにすぎない。」は、まさに、と思った。
中でも私の一番は、専業主婦の母と佐々さんの人生が交錯する『梅酒』だ。
「長い時を経ないと、人の営みの本当の意味はわからない。」

今年2024年の正月は、能登半島の地震と羽田空港の飛行機事故で、どうにも心が塞がれて仕方がなかった。自分の心を守るためなるべく見ないようにと思っても、ニュースやSNSで情報を探してしまうのを止められなかった。もちろん今なお苦難の最中にある被災された方や、遠い国で続いている戦禍の中にある人たちを思うと、やりきれない思いでいっぱいになる。

そんな中で、この「夜明けを待つ」を読んでいると、乱れた心がすうっと落ち着いた。地面に染み込んだ雨水が長い歳月と共に形作った静謐な鍾乳洞があって、そこに湛えられた泉を地下深くに降りて行って覗いてきたみたいだった。

きっとこの先、一生そばに置き、何度も読み返すであろう、そんなエッセイとルポルタージュだった。
佐々涼子さん、素敵な本をどうもありがとうございました。
私もこう言ってお別れします。
「ああ、楽しかった」