『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』
村井理子 著
CCCメディアハウス
初版年月日 2024年11月1日
ネタバレ度:★☆☆・・・後半に少しあるよ!未読の方は読んだらまた来てね!
本書は滋賀県在住の翻訳家でエッセイストである村井理子さんの、主にお仕事について書かれた本だ。翻訳家になった経緯や、実際の翻訳の仕事の工夫、エッセイの仕事のことなどが、シンプルな文章でわかりやすく書いてある(「翻訳互助会」めちゃカッコイイ!!)。
しかしながら、楽しいけれどもそれだけではない、厳しい世界を生き抜いてきた村井さんの工夫と決意が折々に混ぜ込まれ、不意のパンチを浴びせられる本でもある。同時に「病まずにいてほしい」という優しさも染みわたってくる。
私は翻訳書が大好きだが、外国語で書かれた本は読むことができない。
本書のタイトル「everything works out」の意味だって、ひとつひとつの単語は初歩的なものなのに、組み合わさって文になった途端にわからない。
※ちなみに「everything works out」→「すべてうまく行くよ」
だからこそ翻訳という作業は途方もなく大変で果てしない労力がかかる、ということだけはわかる。鈍器本なんて日本語で読むのも大変なのに、それを翻訳することを考えるだけで、目の前が真っ暗になってしまう。もし翻訳家の方がいなかったら、日本語で書かれたものしか読むことができず、それはどれほどさびしく彩りのない世界であることだろう。
仕事環境や印税の話から翻訳業界や出版業界の現状など、かなり具体的に書かれてあるため、翻訳家になりたい、という方には実務書として役に立つだろうし、私のようなただの読書好きにも、業界の仕組みなどに関して興味深く読んだ。というか、たいっっへんに厳しい業界で厳しい状況であることが、よおぉーくわかった。出版関係の皆さまへの感謝の念が改めて湧いてくる。
✳︎
村井さんの実兄が亡くなった時の5日間を記録した「兄の終い」という本があるのだが、それを書かれた時の経緯と心境が詳しく書いてある章がある。ただでさえ厳しい文筆の世界で生き延びるために必要な覚悟、それを村井さんは「努力と意地と戦略」とおっしゃっている。それだけ厳しい世界で生き残るんだという覚悟。ここもまた、襟を正される思いで読んだ。
村井さんの愛犬ハリー君が亡くなってしまったこと、村井さんが初めて韓国在住の韓日翻訳家クォン・ナミさんからメールを受け取って大変驚かれていたことなど、ひとつひとつのエピソードは村井さんのSNSやウェブ連載(ある翻訳家の取り憑かれた日常 - だいわlog / 村井さんちの生活 - 考える人)を読んで知っていた。ただ詳しい内容まではわからなかったので、それがこんな風に繋がっていたなんて、と本書を読んで初めて知って、大泣きしてしまった。
クォン・ナミさんも愛犬を亡くし、親御さんの介護をするなど、村井さんとの共通点が多くあったそうだ。ナミさんのメールの文面のなんと優しいことだろう。
「韓国で私は「日本のクォン・ナミ」と呼ばれているそうです。ナミさんは「韓国の村井理子」と呼ばれているそうです。だから、お互い頑張りましょう、私たち、たぶん、前世で双子だったから」(P102)
村井さんが翻訳を辞めようとまで思うほどの深い悲しみから立ち上がり、再び翻訳をできるようになるまでの道のりは、クォン・ナミさんとの不思議なご縁によって繋がれたのだ。まさに天の采配としか言いようのない「事実は小説より奇なり」だと思った。