読谷文の本棚

読んで心に残った本の感想を綴ります。

『くもをさがす』西加奈子|西さんが投げたもの

くもをさがす

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『くもをさがす』
西加奈子 著
河出書房新社
初版年月日 2023年4月18日


途中で止めることができずに、夢中で読み続けた。
リビングで、就寝前のベッドの中で、料理や散歩をしながらSiriに読み上げてもらって、読み続けた。Siriは「力道山」のことを「ちからみちやま」とか言うし、Siriが読む関西弁はこれ以上ないほど棒読みなのだが、それがまた余計に泣けた。
読んでいる間ずっと、涙がだらだらと流れ続けて止まらなかった。

外国に住みながら、がんを宣告され、治療にあたる。
医療者からの説明も、たくさんの検査手続きも、読まねばならない書面も、すべて外国語だ。さらに、当時の世の中は、未知の新型コロナウイルス禍の真っ只中である。
心細くないはずがない。どれだけの恐怖だっただろうか。

ウィスラーで湯船に湯を溜めながら共に泣いた。
きれいな青虫と素敵なブーツの2人組を思い浮かべて泣いた。
Meal Trainの友人たちからのご飯を思ってまた泣いた。
これを書いている今も無性に泣けてくる。
なぜか。

そこにはがんの治療の記録だけが書かれていたのではなかった。
そこには、たくさんの女性たちの姿が描かれていた。
祖母のサツキとカナエ。
ラスナヤケ・リヤナゲ・ウイシュマ・サンダマリさん。
西さんと同じ年にイランで生まれたファティマ。

作家たちの美しく厳しい言葉が書かれていた。
レベッカ・ソルニット。
ウルフ。
アディーチェ。
トニ・モリスン。
アリ・スミス。
イーユン・リー。
ハン・ガン。

すでに読んだ本や、これから読もうと書棚に待機している、いずれも素敵な本たちや、その引用があった。
ひとりの双子。
ハムネット。
地上で僕らはつかの間きらめく。
私の体に呪いをかけるな。
もうやってらんない。
飢える私。
緑の天幕。

ジョージ・ソーンダーズの「十二月の十日」の引用には、大いに胸を掻き乱された。そして、そうか、全部ニュートラルなのか、と思った。
読むこと、そして書くことの力を思った。

✴︎

「あなたに、これを読んでほしいと思った。」と西さんは書いている。
あなたとは、彼女たちであり、そして私だった。
「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んだ時と同じように思った。

西さんが「私は私の全てを投げたい。」と投げたもの。
それは、遠い遠いところから、美しい放物線を描いて、確かに、間違いなく、真っ直ぐに私のところへと届いたのだった。