読谷文の本棚

読んで心に残った本の感想を綴ります。

『じゃむパンの日』赤染晶子|笑いと哀愁の不思議ワールド

 

『じゃむパンの日』赤染晶子
palmbooks
初版年月日2022年12月1日

 
本書によると、著者赤染晶子さんは、綿谷りささんと金原ひとみさんが芥川賞を受賞した2004年に文學界新人賞を受賞してデビューし、2010年に『乙女の密告』で芥川賞を受賞している。著者は2017年に42歳の若さで亡くなっており、本書が刊行されたことで、往年のファンの方々の間では、「また赤染さんの作品が読める!」と大変話題になっていたそうで、実際よく売れているとのこと。

本書は新聞や文芸誌に掲載された文章をまとめたもので、著者の子ども時代の話や、祖父や祖母の話、北海道での学生生活の話、そして作家になってからの話など、多彩な話題の中に、それぞれ濃密な世界が広がっている。

私は本書で初めて著者を知ったのだが、なんとも不思議なエッセイである。融通無碍で掴みどころがなく、ちょっとわけがわからない。著者の身近なことを記したエッセイだと思って読み始めると、虚を突かれる。いきなり新妻になったり、トイレに落書きをするサラリーマンになったりする。作家さんというのはかくも妄想力たくましいものかと感心してしまう。ご自身の作風を「笑える昭和路線」と称していて、確かにぴったりだ。けれども決して笑えるというだけでなく、笑いの中に哀しみもある。ペーソスというやつか。

成人式には参加しないけれど、成人式の前日に、髪型を変えようと美容院に行った際のエピソードを描いた、表題『チェンジ!』からの一節。

「人生にはどんな時もある」
美容室のおばちゃんが言った。
成人式の前日に、私は美容室に行った。
せめて今までの自分とは変わろうと思った。
(中略)
人生にはどんな時もある。おばちゃんの言葉には説得力がある。
(P75)

沁みる。

スピーチコンテストのコツを述べた『Let's スピーチ!』も素敵だ。可笑しい上になぜだか励まされる。しかしながらこの本の一番の読みどころは、巻末に収録された、著者赤染晶子さんと岸本佐知子さんの交換日記ではないだろうか。爆笑につぐ爆笑で、抱腹絶倒まちがいなしだ。全体として、笑いの中にも背中をそっと押されるところもあり、今落ち込んでいるという人に是非読んでもらいたい。わけがわからないなりに元気をもらえると思います。