読谷文の本棚

読んで心に残った本の感想を綴ります。

『遠い家族 母はなぜ無理心中を図ったのか』前田勝|母を探す、三つの国への旅

『遠い家族 母はなぜ無理心中を図ったのか』
前田勝 著
新潮社
初版年月日 2023年3月29日

 

韓国人の母と台湾人の父の間に生まれ、日本人の義父の養子になって日本で暮らしていた著者は、大学入学を目前に控えた18歳の春、突然ひとりぼっちになってしまった。
母が義父を殺し、自身も自死したからだ。


複雑な幼少期

著者の複雑な半生のなかでも、幼少期は特に複雑で、目まぐるしく環境が変わる。
韓国で実父と母と家族3人で暮らした期間は生後たった3年しかなく、母親は仕事を求めて、著者を置いて日本へ行ってしまい、その後は一緒に暮らす人も、暮らす国も、数年ごとに変わる。
どこの国に住んでいても、ミックスルーツを持つ著者は「外国人」と差別され、親戚と一緒に暮らしているときは、その家の実子とは明らかに違う扱いを受ける。

台湾で過ごした小学校時代は、苛烈ないじめを受けて不登校になり、家出を繰り返すものの、中学入学と同時に渡った日本では、自分と同じように多様なルーツを持つ子たちが比較的多くいる中高一貫校に入学し、バスケットに打ち込むこともできて、学校が大切な居場所となる。
しかし、父と祖父と暮らした台湾でも、母と義父と暮らした日本でも、家に居場所はなかった。母と実父も、母と義父も、大体いつも揉めていたし、著者にとっては、彼らはなぜ結婚したのか、またなぜ離婚をしないのかと疑問に思うほどに口論が絶えなかったからだ。

母親とは一緒に過ごした時間が極端に短く、著者にとって母は常に自分を置き去りにする存在であった。日本で共に暮らしていた時期も、著者は家族と一緒に食事をとることは少なく、1人で夕食を食べることが習慣化していたそうだ。そうして、家族となかなか距離感を縮められないままに過ごしていたある日、突然凄惨な事件が起こってしまう。


母を探す

本書は、タイトル通り「なぜ母親は無理心中を図ったのか」その理由を解明していく過程を綴ったものだ。著者は、返ってこないとはわかりつつ、何度も何度もその問いを問い続けたことだろう。
紆余曲折を経たのちに、俳優の道を志した著者は、自分で舞台俳優を集め、自分の生い立ちから事件までの出来事を舞台化し上演する。そうして、心の中にある問いを自分なりに昇華させていった。

すると、その舞台が、「お母さんについてのエピソード」をテーマに聞いて回っているというテレビ局のドキュメンタリー番組製作スタッフの目に留まり、母の真実を探すテレビ番組を製作することになる。
取材のため韓国と台湾を訪れ、そこで韓国の親戚や実父との再会を果たし、母がどんな人で、どういう思いであったかを知る。その真実を知りたい方は、ぜひ本書を手に取って読んでみてほしい。

母がどんな思いで、日本へ渡ったのか。
母にも実父にも、友人はいたのか。
実父の母への思い。実父と母の馴れ初め。
そして義父と母の出会いと、義父への思い。
韓国の親戚たちからこれまで聞けなかった話。

これらの出来事は、著者が「母のことを知りたい」と強く思って舞台にしたことから始まり、そして実現した。その過程で色々なことが明るみになっていく様子には、鳥肌が立つようだった。


家族とは

昨今、「家族」とは、息苦しいものだという意見のほうが圧倒的に多いと感じる。しかし著者のように、家族との縁が薄かった人、誰もが当たり前に持っているとされるものを受け取れなかった人にとっては、切実に求めて止まないものなのだ、とも、改めて思う。
子どもは親を求める。それがどんな親であっても、やはり子どもは生来的に親が大好きなのだ。例外はあるにせよ。

著者の素直で飾らない文章にはとても好感が持てたし、なにより、ものすごい経験を何度もしながら、負けずに這い上がり、ひたむきに努力する姿に大いに感銘を受けた。
著者が、バスケットと仲間と俳優という仕事に出会えたこと、そして、今まで知らなかった実父と母の様々な思いを知ることができたことが、本当に良かった、と心から思う。
著者のお母様とお義父様が安らかであるよう祈ります。